■沿革

 

利府ユニオンは平成初旬に結成され、チームの活動を開始しました。

その後平成3年にリトルリーグ東北連盟宮城県協会に加盟し、現塩竈リーグ所属チームとして

正式に発足し、平成11年には塩竈リーグから独立し『宮城利府リーグ』を

設立し現在に至ります。

 

平成8年には利府ユニオン5周年記念として『第1回利府町長杯リトルリーグ野球大会』を

沢乙北公園野球場で開催しました。

 

また菅井徳雄監督(現東北学院大学硬式野球部監督)の時代には、東北連盟大会に初出場し

チームとして成長果たした時期であります。

 

平成24年シーズンに郷家聖恵監督体制となり小山大輔キャプテンのもと、『仙台放送杯』で

チーム初の決勝進出。決勝では仙台東リーグと対戦し残念ながら”準優勝”。

 

平成25年シーズンは吉岡悠生キャプテンのもと、『仙台放送杯』では2年連続決勝進出を

果たしましたが、宮城野リーグに敗退し2年連続“準優勝”。

『全国選抜大会宮城県予選』で宮城第3代表を決め、『東北連盟大会』(山形県開催)に

出場するも、北上リーグに初戦で敗退し全国大会への出場は持ち越されました。

 

平成26年シーズンは小野寺涼介キャプテンのもと、新人戦となる『ミズノカップ』で優勝。

その後も『きらやか銀行杯』(山形リーグ主催)、『めひかり杯』(いわきリーグ主催)で

優勝をおさめ、新チームで勢いにのり『仙台放送杯』では3年連続決勝へ進みますが

仙台リーグに僅差で敗れ、”3年連続準優勝”。

『全日本リトルリーグ選手権大会宮城県予選』では初戦からクライマックス戦となる

仙台リーグと対戦し、僅差で敗退するも敗者復活戦で全試合完封勝利を収め、

宮城第3代表で『東北連盟大会』に出場。

『東北連盟大会』では予選を勝ち上がり白河リーグ、北上リーグと決勝リーグを戦い、

1勝1敗の戦績で東北第2代表を決め、チーム発足以来初の全国大会出場を果たしました。

初出場した『ザバス杯第48回全日本リトルリーグ野球選手権大会 全国大会』では、

初戦上尾西リーグ戦で最終回に劇的なサヨナラホームランで逆転勝ち。

雨天順延により2週にわたって行われた東京北砂リーグとの2回戦は全くの互角の戦いでしたが、

1点差で敗退を喫し世界選手権出場を果たすことはできませんでした。

(東京北砂リーグは準決勝、決勝ともにコールド勝ちし世界選手権へ出場されました)

 

平成27年シーズンは新田瑶キャプテンのもと2年前から新たにできた3年目となる

インターミディエット部門に出場。

宮城利府リーグは東北連盟代表として5月に常陸太田市で開催された『第3回リトルリーグ野球

インターミディエット全日本選手権大会』に出場し、予選リーグを1位通過で決勝進出。

決勝では関西連盟の貝塚リーグと対戦し接戦を制して優勝。

チーム初となる『全国制覇』を成し遂げました。

宮城利府リーグは日本代表として7月中国・広州で開催された『2015インターミディエット

アジアパシフィック&中東大会』に出場。

総あたりの予選で、中国、韓国、香港、パキスタン、フィリピンと対戦し決勝まで進みましたが、

強豪韓国に敗戦し準優勝。この年も世界選手権出場を果たすことが出来ませんでした。

(韓国はアジアパシフィック代表として世界選手権に出場し優勝をおさめました)

 

平成28年シーズンは中学1年生部員が不在で、メジャーは6年生のみで活動。

伊藤千浩キャプテンのもと各大会では中学1年生との体力、スピード、パワーに圧倒され、

一戦一戦勉強となるシーズンとなりましたが、

時折見せるプレーやバッティングは次のシーズンに繋がるものでしょう。

そんな中,シーズン後半では、格上相手に入賞するなど着実に実力をつけた1年となりました。

 

また前年に引き続き、インターミディエット部門で塩竈リーグと合同チームを組み全国連覇を

目指した中学2年生の選手。

5月に行われた東北連盟大会では、仙台黒松リーグを破り2年連続東北連盟代表として、

全国大会出場を決めました。

埼玉県上尾市で行われた全国大会では、予選リーグ初戦九十九里リーグに惜敗。

続く上尾西リーグに大勝し1勝1敗としましたが、九十九里リーグが2勝を上げ決勝進出は

果たせず、連覇の夢は消えました。

塩竈リーグと合同を組むにあたり、1年以上前から準備、調整された両リーグの指導部、役員、

保護者の方の協力があったからこそと感じた2016インターミディエット活動でした。